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高校生から観た那覇の魅力~久米~

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久米は沖縄が首里を中心とした琉球になる前の「三山時代」、中山王の察度の求めに応じて明朝が派遣した技術士や外交官たち「久米三六姓」が住んだ場所。

そんな久米大通りと那覇商業高校前にある松山通りを結んだ市道に「くにんだなかみち」という道があります。

今回私は、そんな「くにんだなかみち」について紹介したいと思います。

まず最初に出迎えてくれるのは、

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こちらの龍です。おなかの方に「くにんだなかみち」と書いてあります。

そして歩道には、

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このように石碑が埋め込まれています。

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十字路に施されたこの絵柄は、久米の旗頭の「水仙」と「なでしこ」那覇大綱挽きで使う旗をモチーフにデザインされています。

この通りにある福州園の裏には、

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「久米巌」とかかれた石碑があります。

那覇の姉妹都市である福州の名所 于山(うざん)の榕寿岩にちなんで建てられた、久米の「榕久寿三岩」の一つだそうです。

このような「くにんだなかみち」。福州園や近くにある久米孔子廟も見ごたえがあるので、ぜひ行ってみてください。